top of page

   STEVEの変貌

更新日時:

2004/10/20 

 STEVEが我が家に滞在したのは今回が3度目である。初めて日本に来た7年前、彼は典型的なアメリカ人であった。当時の彼を見て私は、PAULはもはや純粋なアメリカ人ではないと認識を新たにしたほどだった。

歩くのが嫌い、お風呂はシャワーのみ、靴は注意しないと廊下に置く、食べ物もアメリカのファーストフードオンリーと驚くほど徹底していたのである。

 

 それが数年前から仕事プラス休暇で、定期的にタイに滞在するようになってから彼は驚くほど変わっていった。

 

 まず英語が変わった。発音がクリアになり、スラングやイデオムがめっきり減った。食べ物の好みも変わり、めっきりヘルシー嗜好になっていた。回転すしでは邪道のフルーツやケーキやステーキ寿司などには見向きもせず、(アメリカ人を連れて行くとこれがけっこうこういうものばかり取る人がいるのだ。)黙々と本来の寿司を食べていたし。近所のスーパー銭湯には1週間の滞在で3度も行き、そのうち1回は単独だった。そして彼は暇さえあれば私の自転車であちこち走り回っていた。

 

 大雨のある日、外出先から帰ったPAULとSTEVEは靴を脱ぎながら「汚れた靴で家に入るアメリカ人って本当に信じられないよな。」などと大真面目に話し合っていた。

 

 STEVEが突然私に質問した。「最初にアメリカに来た時どんな風に感じた?」 唐突に何?と戸惑う私に二言目。「やっぱり無作法だって思った?」 そもそもアメリカ人は日本人がよく自国のことをどう思うかなどと質問するようには、アメリカについての感想を聞いたりはしない。聞くまでも無い、世界中で1番いい国であるに決まっているからだ。 それが、彼は今、アメリカは大変無礼だと考えている。アジアに長期滞在するうちに、世界への目が見開かれたのだろう。

 

 よく日本人は島国根性、アメリカ人は国際的などと思う人がいるが、それは大きな間違いだ。アメリカには自国から一歩も出たことのない人がなんと多いことか。PAULがテレビのCMにも出ている聞くと「ジャッキーチェーンに会ったことある?」などと聞かれるのは日常茶飯事。もっとひどいのは「彼は日本に住んでいるんだ。中国語がしゃべれるんだよ。」などと人に紹介されたことも。

 

 「なぜ日本はパールハーバーをアタックしたのだろう。」というSTEVEに、(この質問自体稀有なことだ。)私は当時の日本の状況を説明してあげた。以前私はアメリカの小学校の図書館で第2次大戦のの絵本を見つけたことがある。そこには「アメリカは平和を望んだが、日本は戦争をやめたがらなかった。そこでもうこれ以上の人殺しを避けるためにやむを得ず原爆を落とした。」とあった。その本で育ったかもしれないSTEVEではあるが、黙って聞いていた。(もちろん私は全面的に日本の侵略を肯定しているのではない、念のため。)

 

 STEVEは当分アメリカを拠点に生活していくであろうが、定年後は(まだ当分先であるが)はタイに住みたいと考えている。タイ語も学校に通って勉強しているので、もう日常会話は大丈夫らしい。。そして将来的にはタイ人のお嫁さんも望んでいるようだ。どうやら女性の好みもすっかり変わってしまったらしい。

​ 後日談:現在、彼は日本人の奥さんとアメリカで幸せに暮らしています。

bottom of page