top of page

アルジェリアの外交官(ルクセンブルグ)

 清々しい、と、ある9月の日曜日の午後。私は、私より一回り以上は上だと思われるアイルランド人とアメリカ人の女性との3人で、ルクセンブルグ市内のオープンカフェでくつろいでいた。話題はこの平和的風景には似つかわしくない、数時間前にワーテルローの博物館で見た第2次世界大戦の時のフィルムや資料についての感想で、実は私が持ち出したのであった。直接的には日本軍の描写はなかったが、同盟国側であったので少し居心地が悪かったと私は告白、彼女たちからは「貴女が気にすることはないのよ。戦争は本当に何ももたらさないのよね。」等と慰められていた。

 

 と、私たちのテーブルの隣で、ビールを飲んでいる男性が、同じくビールを飲んでいる私以外の二人の女性に向かって声をかけてきた。(ちなみに私はブレンドコーヒー。)「ベルギービールか、やっぱりここではこれを飲まなければね!」「そうよね。有名だからね。うわさに違わずおいしいわね。」とすかさず返答するアメリカ人。ひとしきりビールのうんちく話で盛り上がった後、おもむろに彼は切り出した。「ところで。」私の方を見ながら、「その若いお嬢さんを紹介してくれないか。」と、彼女たちに聞いたのだった。

 

 若いお嬢さんか。東洋人は若く見られるからな、と思わずほくそえむ私をよそに会話は続く。「あらごめんなさい。気がつかなくて。日本から観光で来ているのよ。」彼はにっこり笑って自己紹介する。「私はアルジェリア人だが、フランス人の血も半分入っている。外交官としてこの国に赴任しているんだ。」「あら~。外交官。すばらしいわね。」すかさずアイルランド人が褒め称える。彼はちょっと得意そうだ。「だから、こうやって昼間からカフェでゆったり出来るんだ。」

 

 そして、私に向かって言う。「あなたがもし、フランス語を習得したいのなら、私のうちに10日間滞在するといいよ。マンツーマンで教えてあげる。もしアラビア語をマスターしたいのなら、3ヶ月滞在の必要があるけどね。もっと難しいからね。」

 

 アイルランド人が自分のカメラを彼に向けながら彼に「二人の写真撮ってあげるから、ほら並んで。」と促す。彼は大喜びで私の肩に手を置いてポーズを取った。彼女は私のカメラでももう一枚ツーショットを撮った。そして「写真を送るから、住所書いて。」と彼にメモ用紙を渡したのだった。

 

 あっという間に時間は過ぎ、私たちは彼に別れを告げカフェを後にした。バスに向かって歩きながら「あの人外交官に見えなかったけどなあ。」と私が言うと、アイルランド人は「そうね。きっと違うわね。」とさらっと言ってのけた。そして私に彼の住所が書いてあるメモ用紙を渡しながら「はい、写真送ってあげて。」はあ~。貴女が送るのではないのですか???なんだ。感心したそぶりを見せながら、あの男性をからかっていただけなのね。私はもちろんあの写真は送らなかった。

bottom of page