英字新聞のお兄さんに騙された(アユタヤ・タイ)
友人と二人、バンコクからアユタヤ行きの列車に乗り込んだ時、隣に座ったのは英字新聞を持った現地の若い男性だった。最初は当たり障りのない話題で私たちの会話は始まった。
彼は日本では誰もが知っている日系企業に勤めていると言った。普段はバンコクに住み、週末はアユタヤの実家に帰るのがいつもの習慣とか。今の仕事には非常に満足しているとも言い添えた。いろいろ楽しく会話した後、おもむろに、そしてさりげなく彼は尋ねてきた。「ところで。」今思うと、これが本題だったんだよなあ。
「アユタヤに行くんだね。どうやって観光するの?」私たちは無邪気に答える。「トゥクトゥクよ。」トゥクトゥクとは小型三輪タクシーのことだ。「あー、だめだめ。トゥクトゥクは料金とかいろいろなことで観光客とトラブル続きだったので役所が市内から追い出してしまったよ。」「えー」私たちは目の前真っ暗。しかし彼は言う。「心配しなくても大丈夫。ミニバスがある。クーラーがあって快適だし、料金も安心。降りたいところでブザーを押せばいいんだよ。」「ああーよかった。」と私たちは胸をなでおろす。この時はいい人に出会ってラッキーだった、って本気で思っていた。
「ミニバスに乗るのにはひとつ手前で降りるんだよ。」とのことばをすっかり信じて降りてしまった私たち。ふと見ると彼も降りている。あれっ。アユタヤに行くんじゃなかったの?初めて私の中で疑念が沸き起こる。そこに一台のトラックが。なぜか彼はそこに行き運転手と交渉、いや交渉の振りを始めた。「一人○○バーツ(ふるい話なので正確な金額は忘れてしまったが、けっして安い金額でないことは付け加えておこう。)でそれ以上は負けられないらしい。でもすべてのスポットを,廻ってくれるって。僕ならこれに乗るよ。」よく言うよ!
そして運転手は地図で廻る場所を説明しながらノートブックを取り出した。そこには日本人のメッセージが日本語でびっしり書かれていた。「あなたが思ったように、私も最初はすごく高いと思いました。でもこのおじさんは親切で、お昼もご馳走してくれたし、帰りもバンコクまで送ってくれました。」等と書いてある。何と書いてあろうと私たちにはもう選択の余地はない。一駅手前で降りてしまったし、次の列車は1時間後だ。そして他には1台も車は停まっていない。彼は付け加える。「半分はガソリン代として前金で、後は終わってから。」私たちはしぶしぶ承知したが、言わなければいけないことがあった。「実はそんなにお金かかるとは思わなくて、それだけのバーツは持っていないの。両替してからでいいかな?」これは本当だった、が、今思えば私たちはついていた。
お兄さんが意気揚々と引き上げる中、私たちは最初のスポット地に向かう。運転手は言う。「はい、ここで入場券払って。」はっ?この金額なのに入場券代は含まれていない?私はもう怒り心頭。美しい風景を見ていても心はぜんぜん和まない。思いは「この私が騙された!このわ・た・しが!」との思い。この自信にはなんの根拠もないのだが。
両替所を見つけたので、言われた金額を円のチェックから両替した。それを握りしめながら彼も元に行った時、私の気が突然変わった。彼に半分だけお金を見せ、言った。「実はトラベラーチェックもホテルの金庫に入れてきていて、現金はこれだけしかなかった。だからもうここで降りる。」
パニックになったのは彼の方だ。「本当か?」私は実に悲しそうな顔でうなずく。「YES.]友人は呆然とした顔で私を見る。しかし何も言わない。彼は言った。「心配いらない。」そして彼は友人と思しき、宮殿の前で客待ちをしている運転手たちのところに向かい何かを頼みだした。私たちを誰かに押し付けたいらしい。しかし、交渉は決裂したようだ。お兄さんにもマージンを払わなければいけない。次の列車は1時間後。客引きはもういない。仕方なく彼は私たちに言った。「乗れ。」そして彼は手を差し出した。前金をくれと言っているのだ。しかし私は気がつかない振りをしてお金を友人に渡し。友人は自分のポケットにしまった。彼は見ていたが何も言わなかった。
そして、この時から私は英語で話しかけるのはやめようと決めたのだった
ここからアユタヤ駅近くのスポットに向かうまで、なんと長く感じたことか。「このまま売られてしまったらどうしよう。(誰も買わないとは思うけど。)襲われたらお金があるのもばれてしまうし。」などという恐ろしい考えも浮かんできたりしたので、街中に入ったときは心底ほっとした。
街中にはもちろんトゥクトゥクがところ狭しと走り回っていたが、そのことはもう予想していたので、私たちを驚かせはしなかった。しかしこの運転手、半額に値切ったにもかかわらず、律儀にも最初に約束した観光地をすべて廻ったのだ。案外いい人なのかもしれない。いや、はしょることを思いつかなかっただけかも。
すべてを廻り終え、お金を渡したら、彼は最後の抵抗を試みた。「半額じゃないか!」それまで日本語で返答していた私は、ここでは、はっきり英語で返した。「だから、ないって言っているでしょう?」彼はあっさりあきらめた。半額だって現地のお金にしたら、けっこうなお金である。
おじさんはさっさと、私たちを降ろして行ってしまった。当然のことながら、例のノートに感想を書く機会は私たちには与えられなかった。
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実はあれから引き出しの整理をしていたら、古いメモが見つかり、一人1600バーツ(1バーツ約4円)といわれたことが判明しました。当時の雑誌を見てみたらバンコクからクルーズで行く日本語ガイド付きアユタヤ観光が85USドルとあったので日本人向けはこんなものだったのかもしれませんね。いずれにせよ、クーラーもあったし、むき出しのトゥクトゥクより遥かに快適だったのは確かです。
ちなみにバンコク、アユタヤ間の列車代は15バーツくらいでした。