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英会話の先生が私の職場に

更新日時:

2004/08/29 

 バブルの崩壊と共に消え去った英会話学校での話なので、もう時効ということで。でも色恋ごとではないので、期待して読まないでいただきたい。尚、登場人物の名前はすべて仮名である。

 

 

 私が英会話に通い始めておよそ3ヶ月経った頃、レッスンを終えて教室を出ようとする私を、この日の先生であるティムが呼びとめた。私たちの学校はフリータイム制なので、レッスン毎に講師が違う。彼は、私が証券会社の営業職にあることを知って、オフィスの電話番号を聞いてきた。そして、2~3日後、本当に電話してきたのだった。

 

 彼はオフィスにも来た。株を買いたいのだと言う。日本の株にも興味はあるようだったが、結局、馴染みのあるアメリカの株を二つ購入した。彼は言った。「自宅に電話してくれ。キャロルが出るかもしれないけど。」キャロルは彼の同僚だ。つまり私の先生でもある。聞けば二人は同郷で、一緒に日本に来たと言う。今回の株の共同出資者でもあった。「同棲していることは他の生徒には内緒だよ。それと、僕が君の顧客になって、株を買ったことも絶対口外してはいけない。すれば君も僕も面倒な立場になる。」私たちの学校は、先生と生徒のパーソナルな付き合いは禁止なのである。もちろん、私もトラブルは避けたかったので、同意した。

 

 しかし、私は彼の言う内緒という意味を誤解していたようだ。学校では、できる限り知らん顔していた私の前を、ことある事に彼がうろつく。生徒は時間が来ると、講師が名前を呼び来て初めてその日の講師名と、一緒に学ぶ生徒名を知らされるのだが、彼は時間前に、控え室でコーヒーを飲んでいる私の前に来て、「今日は僕のクラスだよ。」と言いに来る。そして、皆の前で私の名前をわざと呼ばないので、彼の後に続いてスツールに座る私を見て、他の生徒達はあれっという顔をする。「彼女呼ばれてなかったけどな。」と思うのは当然である。毎回クラスは違うとはいえ、生徒たちは皆、顔見知りなのだから。

 

 1クラスはだいたい3名~4名。彼はよく私にしかわからないジョークを言う。そういうときはどういう顔をしてよいかわからない。他の生徒の手前は知らん顔するべきであろうが、ティムは私が反応するのを期待している。また、私は新聞で株価を毎日確認できない彼に代わって、寄り付き、高値、安値、引値、アナリストの見通し、業績予想等をメモに書いてそっと渡すのだが、彼はそれさえも、さりげなく受け取ってくれない。時々レッスン中そのメモをそっと見ては喜んだり、悲しんだりのポーズをして、傍からみたら、まるで恋文のやり取りをしているようだ。私が仲のよい生徒と雑談している所に来て、「後で電話する。」等と言うものだから、困ってしまう。私は秘密を守っているんだぞ。

 

 念を押しておくが、私達は決して恋愛関係にあるのではない。その証拠に、私は彼の恋人キャロルとも仲良しだ。彼はただ私を友達として、親愛の情を示しているだけなのだ。ティムはよく私のオフィスにも来ていたが、私の隣に座っている加代子がお気に入りだった。これも変な意味ではない。ぼろぼろのバッグをたすきがけにして入ってくる背の高い外国人は、わがオフィスではちょっとした名物になってしまった。加代子に愛想を振りまき、電話では必ず「隣のほら、なんていったっけ。か~、か~なんとかさんにもよろしく。」とお気に入りのわりには名前は覚えられなかったけど。

 

 夏休み、私はスペイン旅行のため、学校をしばらく休んだ。そして、久しぶりに出て行ったらティムはいなかった。彼を好きな生徒が、私とティムの仲を疑ってスタッフに告げ口したため、彼は他の教室に転勤させられたのだと、後で憤慨しているティムから聞いた。キャロルとの仲を知っているスタッフは、信じなかったとは思うけど。真実のほどは知らないが、本当だとしてもこれは自業自得というものだ。ちなみに、私に対するスタッフの応対は、その後も何ら変わることはなかった。

 

 ティムは半年後、日本を離れ、北京に旅立った。1年くらいアジアでだらだらと過ごすのだそうだ。キャロルは、ティムがいた頃からくチーフに昇格していて(つまり彼の上司)、彼が辞めた後もしばらくスクールにいた。二人はタイで落ち合うという話だった。頭脳明晰な彼女にはアメリカのロースクールに入るという計画もあった。あの二人が結婚したとは、とても思えないなあ。あまりにも違いすぎたもの。仲はとてもよかったけど。

 

 ティムは日本語はまったく出来なかったので、私とのやり取りはすべて英語。ビギナークラスの私にとって、これはよい訓練になった。何しろ習い始めて3ヶ月ですでに電話でビジネスの話をしていたのだから。

 

 思えばティムが、私にとってのアメリカ人のイメージの原点だったかもしれない。それが正しかったかどうかは別として。

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