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すべてのアメリカ人が英語を教えられるわけではない

 バブルの頃はネイティブというだけで英会話スクールに採用された人がたくさんいたらしい。今はそうでないことを祈る。

 

 自国語は赤ちゃんの頃から話しているので、文法など意識せずに話せるが、外国人にとっては文法を知らなければ話すことができない。そして、彼らはネイティブスピーカーが思いもよらない所で引っかかる。

 

 たとえば「きれい」と「美しい」という形容詞について。どうして「きれいな花」なのに「美しいな花」と言わないのか。あるいは「きれい花」と言わないのか。日本人にとっては常識でも外国人には説明してあげないとわからない。(皆さん、説明できますか?)

 

 アメリカ人は意識しないで「look at」「see」「watch」を使い分けることができる。しかし外国人はその性質の違いを知らなければ使いこなせない。そしてこの3つの単語の違いを正確に答えられる英語圏の人はけっこう少ない。「この場合にはseeに決まっているじゃないか。」と言うだけでは教師失格だ。

 

 「take off」などのイデオム。これをイデオムだと意識していない英語圏の人が多い。言われて初めてこれはイデオムだったと気がつくのだとか。彼らは「put up with が、なぜ我慢するという意味になるんだよ~」などと悩んだりしない。

 

 数えられる名詞と数えられない名詞。これも無意識に使っているので、いざとなると考え込んでしまう人も。それに今は「a coke」などと短縮形としか思えない使い方も一般化している。本当はa can of cokeか a bottle of cokeが正しい言い方だと彼らが知っていればいいのだけれど。

 

 外国語の教師たちは、不自由なく話せるようになってから習う自国語の文法と、話せるようになるために習う外国語の文法とは、押さえどころがまるっきり違うことを肝に銘じておくべきだ。ただ学歴があるからとか、美しい英語を話すからという理由だけではいい英会話の教師の条件としては十分ではないと思う。

 

 いい教師の条件。それはやはり正しいトレーニングと多くの経験の積み重ねがある人かなあ。

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